『富士日記を読む』を読む

今年は、いや、今年もクリスマスらしいことは特にしなかった。甥っ子や姪っ子は大きくなってクリスマスプレゼントを贈ることもなくなった。何を買ったらいいのか悩む(特に女の子は難しい)ことから解放されてほっとしたような、ちょっと寂しいような。今日いつものスーパーで買い物をしているとユーミンの「恋人がサンタクロース」が流れてきたので、カートを押しながら聴いた。久しぶりに聴いたけれどやっぱりいい曲だなと思った。ユーミン効果でクリスマス気分が高まって、思わず目にとまったシャンメリーを買おうかと思ったけれどやめておいた。

 

『富士日記を読む』(中公文庫)を読んだ。

作家や詩人、評論家などの『富士日記』についての書き下ろしエッセイや新聞、雑誌に掲載された書評などが収録されていて、もちろんそれらも面白く読んだのだけれど、私が一番グッときたのは、「第一章 その後の『富士日記』」の武田百合子のエッセイだった。

第一章は、『あの頃 単行本未収録エッセイ集』(中央公論新社)に収録されているエッセイから選ばれたもののようで、私は『富士日記を読む』で初めて読んだ。私が読んだ武田百合子の著作は『富士日記』と『犬が星見た ロシア旅行』だけだったのだ。

「その後の『富士日記』」。つまりそれは泰淳さんが亡くなった後の百合子さんのエッセイ。

第一章の最初の「今年の夏」は、泰淳さんが亡くなってもうすぐ一年という頃のエッセイなのだが、最後にこう書いてある。

 

道を歩いていると、夫や私より年長の夫婦らしい二人連れにゆきあう。私はしげしげと二人の全身を眺めまわす。通りすぎてから振り返って、また眺めまわす。羨ましいというのではない。ふしぎなめずらしい生きものをみているようなのだ。

 

続く「二年目の夏」では、富士の山小屋に行った時に出会った夫を戦争で亡くしたというおばさんに百合子さんがたずねる。

 

「旦那さんが死んでから、どの位経てば平気になる?」
「なかなか慣れんもんだなあ。いやなもんだ。十年はかかるね。十年経つと何ともなくなるですよ。奥さん、一人でこんなところにいて怖かないですか。わたしらこの近くの人間だけんど、こんな暗いとこははじめてだ。病院の夜も暗いけんど、人の息は聞えるだから。ここは自分の息しか聞えねえ。まったく墨を流した闇んなって……早く夏が終わるといいね。秋からは病院の仕事に戻るですよ」

 

「旦那さんが死んでから、どの位経てば平気になる?」この一文で思わず涙ぐんでしまったのは、私が涙もろいからというだけではない。百合子さんに数年前の母が重なってしまったのだ。父が亡くなった後の母はひどく憔悴していて、なんと言葉をかけてよいのかわからなかった。電話で「どの位経てば大丈夫になるかな?」とまさに百合子さんと同じようなことを母が私に聞いてきたことがあったけれど、私は何も言えなかった。そんな母が慰められたのは、同じように夫に先立たれた友人たちとの会話だったようだ。百合子さんは二年目の夏におばさんから「十年はかかるね」と言われた時、十年も、と思うよりもむしろほっとしたのではないだろうか。

 

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『富士日記を読む』を読んで買った本

そんなわけで『富士日記を読む』を読んだら無性に武田百合子の書いた文章が読みたくなったので、ずっと気になっていた『日日雑記』(中公文庫)と『遊覧日記』(ちくま文庫)を買った。

さらにもう一冊、大岡昇平の『成城だより』(中公文庫)も買った。全3巻の第1巻だ。

『成城だより』を買ったのは、『富士日記を読む』に収録されている岡崎京子さんの「『富士日記』を読む」にあったこんな文章を読んだから。

 

私はハマると同じ傾向のものを、どんどん読んでしまうところがあって、大岡昇平さんの『成城だより』も読んでみました。『成城だより』は作家の日記ですから、日常だけではなくて、何ごとかへの考察とか、作品をまとめるための雑記みたいなものも書かれていて、百合子さんの日記みたいにはのんびりしていない。でも、同じ日付の同じ事柄が微妙に違っていたりして、おかしいですよ。

 

実は『日日雑記』と『遊覧日記』はもう読んでしまって、今は他の本を読みながら『成城だより』をちびちびと読んでいるのだけれど、『成城だより』第1巻は1979年からの日記なので、『富士日記』と重なるところはない。しかし、百合子さんや花さんの名前はちょいちょい出てくるので、付箋を貼りながら読んでいる。

 

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