江國香織『物語のなかとそと』その文章に酔いしれる

前に住んでいた家のベランダからは桜並木が見えた。だから、外に出なくても桜が咲いているのがわかったのだけれど、今の家はベランダからも窓からも桜は見えない。先日、車で出かけた時に見えた桜は風の強い日が続いたせいで花びらがほとんど散っていた。ふと阪神競馬場の桜は桜花賞までもつだろうかと気になった。

 

江國香織『物語のなかとそと』(朝日文庫)を読んだ。

江國さんのエッセイが文庫化されるのは久しぶりではないか。ちょっと調べてみたら、どうやら2013年8月に文庫化された『やわらかなレタス』(文春文庫)以来のようだ。

読み始めてすぐに読み終えてしまうのがもったいないと思った。やはり江國さんの文章はいい。私は江國さんの小説もエッセイもどちらも好き。

『物語のなかとそと』は、散文集。エッセイの他に掌編小説も収録されている。

「パンのこと」というエッセイの書き出し。

 

パンは私の味方だ。昔からずっと、そう感じていた。安心な食べ物。素朴でもの静か。

 

ああ、江國さんの文章だと思いながら読む。

 

『真昼なのに昏い部屋』で賞を受賞したことについて書いた「地味な小説」というエッセイの中に次のようにあった。

 

わかりやすいことはいけないことなのだろうか、という疑問が随分以前から私のなかにあって、それが、わかりにくい方が文学的なのだろうか、というある種の憤慨となって、エネルギーをくれたようにも思います。

 

確かに賞を受賞するような作品は難解だったり、斬新だったり、派手だったり、ポップだったりするものが多い気がする。

ところで、この「地味な小説」で、『真昼なのに昏い部屋』のことを「ストーリーは古典的(ヒトヅマがヨロメク)ですし」と書いている。

私は江國さんの小説は好きなのだけど、ヒトヅマがヨロメク系のストーリーはあまり好きではないので困る。

 

掌編小説が収録されているというのをすっかり忘れて読んでいて、終わりごろに収録されている「蕎麦屋奇譚」を読み始めてすぐに中断して「江國香織 離婚」で思わず検索してしまった(笑)。「蕎麦屋奇譚」のひとつ前に夫婦の仲よさげな雰囲気が伝わる「旅のための靴」というエッセイがあって、それを読んだ直後だったから余計に驚いたのだ。この順番はずるい(笑)

ちなみに掌編小説では「奇妙な場所」という母親(六十九歳)と二人の娘(五十二歳と五十歳)がフランス料理屋で昼食を食べてスーパーで買い物をするだけの小説がとてもよかった。

 

江國さんの文章に酔いしれることが出来る至福の時間が終わってしまった。ヒトヅマがヨロメク系ではない江國さんの小説の文庫化を待つことにしよう。

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