様々なアーティストの楽曲が次々とサブスク解禁される中、私が待っていたのがキョンキョンこと小泉今日子さんの楽曲のサブスク解禁だった。それが、今日、解禁された。熱心なファンというわけではないけれど(熱心なファンだったらCDを持っている)、好きな曲がある。「優しい雨」と「あなたに会えてよかった」。どちらかというとしっとりとした曲。
キョンキョンの曲を聴きたいと思うきっかけになったのは、久しぶりに読み返した村上春樹の『村上ラヂオ2 おおきなかぶ、むずかしいアボカド』(新潮文庫)。このエッセイの最後に収録されているのが「ベネチアの小泉今日子」。
1980年代半ばにローマに住んでいた村上春樹さんは、イタリアに来ることになった村上龍さんから「なんか必要なものがあったら持っていくよ」と言われて、「じゃあ、日本語の歌のカセットテープがほしいな」とリクエストした。CDではなく、カセットテープの時代だ。
その中で僕は井上陽水と小泉今日子のものが気に入って、よく聴いた。『ネガティヴ』と『バラード・クラシックス』。朝から晩までぴきぴきした、ローマ訛りのイタリア語ばかり聞いていたから、きっと耳がくたびれていたのだろう。日本語の響きは心地よかった。
この人生においてこれまで、本当に悲しい思いをしたことが何度かある。それを通過することによって、体の仕組みがあちこちで変化してしまうくらいきつい出来事。言うまでもないことだけど、無傷で人生をくぐり抜けることなんて誰にもできない。でもそのたびにそこには何か特別の音楽があった。というか、そのたびにその場所で、僕は何か特別の音楽を必要としたということになるのだろう。
ある時にはそれはマイルズ・ディヴィスのアルバムだったし、ある時にはブラームスのピアノ協奏曲だった。またある時それは小泉今日子のカセットテープだった。
このエッセイを読んだら無性にキョンキョンの歌が聴きたくなった。『バラード・クラシックス』には「優しい雨」も「あなたに会えてよかった」もまだ発表前で収録されていないみたいだけれど。