宮本輝『真夏の犬』ジリジリ暑い夏に思い出す小説

いつも行くスーパーのアイスコーナーが2倍、いや3倍に拡大していた。この暑さだ、アイスがよく売れるのだろう。しかし、困ったことにアイスコーナーが広がった分、冷凍食品コーナーが縮小されて、夫が朝食に食べるハッシュドポテトがなくなっていた。私はあまり食べないからいいのだけど、ハッシュドポテトの代わりを考えなくてはならないのが面倒だ。とりあえずソーセージにすることにした。

 

ジリジリ暑い夏にふと思い出す小説がある。それは、宮本輝の『真夏の犬』(文春文庫)に収録されている表題作「真夏の犬」。

主人公は、中学二年生の「ぼく」。ぼくは、父親からの言いつけで、夏休みの後半に廃車置き場の見張りをすることになる。朝の七時から夜の七時まで。時代は、昭和三十七年。

 

ぼくは、近所に住む青年が、ひとりでヨットに乗って太平洋の横断に成功した三日後、つまり昭和三十七年八月十五日に、福島西通りから市電に乗り、千鳥橋へと向かった。ナップ・ザックの中には、麦茶と、母が作ってくれた弁当、それにトランジスタラジオが入っていた。夏休みの残りを、仕事の手伝いで費やす代償として、前日の夜、父が日本橋の電機店で買ってくれたのである。

 

この太平洋横断に成功した青年というのは、どうやら堀江謙一さんのことのよう。

ぼくは、あたりに人の気配のない廃車置き場で見張りをするのだけど、日陰は、大きなダンプカーが作る影だけ。見張りの初日、水筒の麦茶はすぐになくなった。そして、昼になると、影はダンプカーの下にしかない。ぼくが仕方なくダンプカーの下にもぐり込んで弁当を食べていると、匂いに誘われた野良犬が集まった。

もう行きたくないと言うぼくを父親は怒鳴りつけ、野良犬撃退用にパチンコを持たせる。

最初はパチンコで野良犬を撃退できたのだが、次第に野良犬の数が増え、パチンコによる威嚇に慣れた野良犬たちは逃げなくなった。

野良犬から逃れるためにダンプカーの荷台によじ登ったぼくは、そこで何かを見つけてしまう。

 

ダンプカーの屋根は、熱したフライパンと化していった。その上で、ぼくは、立ったり坐ったり四つん這いになったりして、ひたすら助けを求める声をあげつづけた。ぼくの顔からしたたり落ちる汗は、乾いた血を溶かして赤かった。

 

宮本輝にハマったきっかけは『優駿』で、そこから『螢川・泥の河』、『道頓堀川』の川三部作、『幻の光』、『星々の悲しみ』、『錦繍』、『青が散る』、『春の夢』、『ドナウの旅人』、『五千回の生死』、『ここに地終わり 海始まる』、『彗星物語』…とにかく読んだ。エッセイも読んだ。

今、手元に残しているのは、またいつか読むであろう作品だけ。『真夏の犬』は、その中の一冊。

久しぶり、おそらく十数年ぶりに「真夏の犬」を読んだ。二十数ページの短編だけれど、濃密で、ジリジリとした夏の暑さと恐怖を感じさせる小説。

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