佐藤正午『Y』アルファベットのYの文字みたいに二つに枝分かれした人生

映画『パラレルワールド・ラブストーリー』の予告を見かけて、ふと読み返したくなったのは、原作である東野圭吾の同名小説ではなく、佐藤正午の『Y』(ハルキ文庫)だった。

 

『Y』を思い出したのは、二つの人生というキーワード、そして、ちょっと前に読んだ佐藤正午のエッセイのせいだと思う。

 

 

エッセイ『ありのすさび』で佐藤正午はまだ一行も書き出していない長編小説について友人に話している。

 

「あの日に戻りたい、もしそんなことが可能なら時間をさかのぼって、あの日に戻って人生をやり直したい、と願う男の話なんだ」
「あの日って?」
「誰にでもあの日に戻ってみたいという一日はあるんじゃないか?たとえばおまえが奥さんにプロポーズした日に戻ったとする、そして結婚を考え直したとする、そしたら人生はいまとは変わっていたかもしれない」
「そりゃ変わってただろう、娘たちも生れてはいないだろうし。でもおれは結婚を考え直したりはしないよ」
「それはなによりだ。でも世の中にはうまくゆかない結婚だってある、夏休みの家族旅行どころじゃない不幸な家庭だってあるだろう、あの日に戻ってやり直したいという考えに共感する人だって少なくないと思う」
「うん、そうだな。ひょっとしたらその小説は面白いかもしれない」
「だろ?」
「でも、主人公はどうやって過去に戻れるんだ?」
というわけで、僕はこの秋、新作の長編小説に取り組んでいて、なんとかうまく主人公を過去へ戻してやろうと頑張っている。

 

これを読んで私も友人と同じく「その小説は面白いかもしれない」と思った。いや、既に読んだことがあるので、面白いことは知っている。それで、読み返した。ちなみに完成した長編小説『Y』であの日に戻って人生をやり直したいと願い、過去に戻るのは、主人公ではなく、主人公の親友。

かなり前のこととはいえ、少なくとも2回以上は『Y』を読んでいるはずなのに、細かい内容をすっかり忘れてしまっていることに驚いた。おかげで初読のように新鮮な気持ちで楽しめたけれど。

 

主人公の親友だという男は、18年前の1980年に戻りたいと強く願い続け、とうとうそれが現実のものとなる。

 

その時点でおまえの人生はすでに二つに枝分かれしている、記号で表せばちょうどアルファベットのYの文字みたいに。Yの文字の左右斜めに分かれた線がおまえの二つの人生だ。

 

過去に戻った男は果たして望み通りの人生を送ることが出来たのか。それについては触れないでおく。

それにしても主人公の秋間という男。高校の同級生だった女から「高校のときから秋間くんのおはこだったね、その嫌みな喋り方」と言われるのも納得のねちっこい喋り方というか、ねちっこい性格。佐藤正午の小説は面白くて好きなのだけど、主人公(主に男)がどうにも苦手なタイプばかりなのが玉に瑕。ずっとそう思っていたのだけれど、私が年をとって色々と許せるようになったからなのか、久しぶりに読んでみると、秋間の嫌みな喋り方があまり気にならなくなっていた。今なら他の正午作品も前よりもっと楽しめるかもしれない。

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