江國香織『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』子どもの世界をひらがなで

先日、夫とランチに行った。夫のゲームがキリのいいところまで進むのを待っていたら出掛けるのが遅れて、ちょうどお昼時になってしまった。混んでいるかもと思ったのだけれど他にお客さんはいなかった。それがコロナによる自粛の影響なのか、それとも元々そうなのかは初めての店なのでわからなかった。店に入ってすぐ消毒と検温。店内は綺麗で、お店の人の感じもよかった。肝心のランチはというと、メインの天ぷらはもちろん、小鉢、お吸い物、茶碗蒸し、どれも美味しく、一品一品丁寧に作っているのがわかった。そうなると、やはり自粛の影響なのだろうか。とても美味しかったので、また食べに行きたい。

 

江國香織『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』(朝日文庫)を読んだ。

江國さんは私の好きな作家の一人。しかし、『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』は長い間、読むのを迷っていた。ひとつ前の記事の買った本の紹介にも書いたのだけど、文庫裏にもある「ためらいなく恋人との時間を優先させる父と、思い煩いながら待ちつづける母」というあらすじの一部のせいで、この本を積極的に読みたいと思えなかったのだ。だけど、久しぶりに江國さんの小説が読みたくなり、文庫化されているのに未読だったこの作品を読むことにした。

小さな動物や虫と話ができる(と言っても言葉を交わすのではなく頭の中で)幼稚園児の拓人、拓人の姉で小学生の育実、二人の母親・奈緒、父親・耕作。この4人家族の他に隣家の住人・倫子、拓人と育実のピアノの先生・千波、千波の母・志乃、霊園で働く男・児島、耕作の恋人・真雪など、様々な人物の視点に交互に切り替わりながらストーリーが進む。

拓人の視点になった時だけ、全てひらがな(たまにカタカナ)で表記されている。ひらがなだけで綴られた文章が慣れないうちは読みにくかったが、次第に慣れた。無垢な拓人を他の登場人物と区別するための表現法だろうと単純に考えたけれど、これが最後の最後に活きていて、思わずなるほどと唸った。

ヤモリやカエル、チョウなどの虫たちと話をすることのできる拓人だが、その代わりなのか、姉の育実以外の人との会話はあまり上手く出来ない。しかし、偶然出会った児島という男とは虫たちと同じように話をすることができた。ただし、虫と意思疎通ができるのと違って、拓人が一方的に児島の考えを読み取れるだけだけれど。

拓人に懐き、呼べば駆け寄りさえするヤモリたち。これはファンタジーなのだろうかと思いながら拓人のパートを読むのだけど、別の人のパートになると一気に現実に引き戻される。耕作の度重なる不倫に壊れる寸前の奈緒、大音量のテレビに話しかける一人暮らしの老人・倫子、婚約者との関係がこじれる千波。一見穏やかに日々を過ごしていそうな千波の母・志乃は、かつての不倫相手のことを今も思い出している。

それにしても、そんなに誰も彼も不倫をするものなのか。

 

耕作の恋人・真雪は、こう思っている。

 

真雪は結婚に興味がない(だからもし、耕作の妻がその座を奪われることを恐れているなら、心配ないと伝えたかった)。真雪が欲しいのは耕作自身であって、耕作という夫ではないのだ。

 

やれやれ。

 

江國さんの小説もエッセイも好きだけれど、小説はどちらかというと恋愛メインの小説ではないものが私は好きだ。一番好きなのは『間宮兄弟』。『流しのしたの骨』も同率首位と言っていい。

そういえば、『作家が選ぶ名著名作 わたしのベスト3』(毎日新聞出版)で川上弘美さんが江國さんの作品からベスト3を選んでいるが、「恋や愛がおもてに顔を見せていない三冊」として『流しのしたの骨』、『ホテルカクタス』、『とるにたらないものもの』を選んでいて、なるほどと思った。どれも私の好きな小説&エッセイだ。

 

話を戻そう。『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』は、とても面白かった。結構な厚さの文庫本だけれど、あっという間に読んでしまった。拓人と育実がどうなってしまうのかが気掛かりだったのだけど、最後まで読んで、ほっとした。登場人物の不倫やそれに対する考えはどうにも苦手だけれど、江國さんの小説はやっぱりいい。

 

3月に楽しみな新刊文庫。

江國さんの散文集『物語のなかとそと』(朝日文庫)が3月5日に発売される。

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