長嶋有『もう生まれたくない』ティーバッグの紐の垂れ下がったままのそれが気になって

休日の晩御飯は手抜きになることが多い。平日なら昼は自分だけだから適当に済ませるのだけれど休日だとそうもいかない。じゃあ、何を作るのかというと、例えば私ひとりならカップラーメンのところを夫と二人の場合は袋ラーメンにもやし炒めやメンマやネギをのせるくらいのささやかなバージョンアップなのだけど。昼にいつもより頑張った(?)分、夜は頑張らない。祝日だった昨日の夜は賞味期限が1日過ぎた納豆(しかも3パック)が冷蔵庫にあったので、納豆が消費できてメインになりそうな何かを作ろうと考えた結果、豚キムチ納豆チゲ丼を作った。丼だと片付けも楽でいい。

 

長嶋有『もう生まれたくない』(講談社文庫)を読んだ。

私は長嶋有が好きで、特に好きなのは『ジャージの二人』なのだけど、『夕子ちゃんの近道』、『ねたあとに』、『佐渡の三人』もかなり好きだ。好きだと挙げた小説はどれも穏やかだと思う。人によっては退屈に感じるかもしれない。でも、『もう生まれたくない』は違った。何というか不穏な空気が漂っているのだ。読んでいる間、今にも雨が降り出しそうなどんよりとした灰色の空のような、真っ暗ではないけれど薄暗いイメージがずっとあった。

物語は2011年7月から始まる。A大学に勤める春菜と美里、それに清掃員の根津神子。文庫の表紙のイラストはこの3人だ。他にA大学の非常勤講師である布田、A大学の学生の遊里奈、素成夫、さらに美里の元夫の宏など複数の登場人物の視点に切り替わり、2011年7月の次は2012年10月、2013年6月…というように時が進む。特徴的なのは、その時々の著名人の訃報が物語に組み込まれていることだろうか。それが実在の人物でスティーブ・ジョブズだったり日本の芸能人や漫画家だったりする。事故や自殺など、彼らがどのように亡くなったのかを伝えていることが私に不穏な空気を感じさせたのかもしれない。そして、これはネタバレとまでいかないと思うので、書くけれど『もう生まれたくない』では長嶋有作品には珍しく殺人が起きる。

そういうわけで、著名人の人名が多数出てくるし、セガサターンのマニアックなゲームソフトのタイトルだとか、とにかくいつもの長嶋作品以上に固有名詞が出ているのではないかと思う。

春菜の家に集まってジェンガをしたことを神子は次のように回想する。

 

あのとき(ジェンガ!)神子は心の中で叫んだ。江國香織の小説『間宮兄弟』で、主人公の女性がいわゆる「オタク」の兄弟の家に招かれ、食後にボードゲームを取り出してこられた際にゲーム! と感嘆符つきで面食らう場面を思い出しながら。

 

江國香織の小説で私が一番好きなのが『間宮兄弟』なので嬉しくなった。ただ、『間宮兄弟』の主人公は間宮兄弟ではないかと思うのだけど、依子も主人公に入るのだろうか。だとすると、直美と夕美もそうなのか、などと考えてしまった。

 

本を読み終えて、何気ないシーンが印象に残ることがよくある。『もう生まれたくない』では、次のシーンがなぜか印象に残った。

 

カーテン越しの夜明けの青い光を横目に、マグカップの紅茶を飲み干す。ティーバッグの紐の垂れ下がったままのそれをシンクに置き、下駄箱の上の車のキーを手にとる。

 

マグカップの紅茶を飲み干して、「それ」をシンクに置いたのなら何も引っかかることはないのだけれど、「ティーバッグの紐の垂れ下がったままのそれ」とあるのが引っかかった。へえ、紅茶のティーバッグを入れたまま飲むのか、とか、そのまま置いといたら茶渋がつくのに、とかいう考えがふっと浮かんだのが、後になって残ったのだと思う。

私の好きな雰囲気とは少し違ったけれど、読み終えて、やはり長嶋有はいいなと思った。

買った本

和山やま『カラオケ行こ!』(ビームコミックス)Kindle版を購入した。

『女の園の星』が面白かったので、次に『夢中さ、きみに。』を買い、そして結局『カラオケ行こ!』も買った。ちょうどKindle版がセールで安くなっていたこともあった。今はもうセール期間が終わってしまったようだけど。

『カラオケ行こ!』も期待通り面白かった。

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