エヴリシング・フロウズ

スーパーのこんにゃくコーナーの隣にこの間まで見かけなかったところてんがずらっと並んでいて、思わず1パック買ってしまった。冷たくてツルツルしたところてんを楽しむ季節が今年もやってきたのだなと思いながら。

津村記久子の『エヴリシング・フロウズ』(文春文庫)を読んだ。

主人公は中学三年生のヒロシ。『ウエストウイング』の、あの小学五年生のヒロシだ。

ウエストウイング
8月も終わるというのに相変わらず暑い。もしかして夏はこれからが本番でまだまだ暑くなるんじゃないかと疑いたくなる。 津村記久子の『ウエストウイング』(朝日文庫)を読んだ。 以前から取...

中学三年生になったヒロシは、母親への態度や交わす会話が少し大人っぽくなったというか、生意気になった。母親から「ヒロシはさ、わたしが再婚するかもってなったらどう思う?」と聞かれ、さらに母親がその相手を「年下の人」と言うと、ヒロシは「脈あんの?」などと聞くのだ。ただし、平静を装って、だけど。

自分のことを背が低く、頭が良いわけでも運動神経が良いわけでもなく、イケメンでもない地味な存在であると自覚しているヒロシ。ヒロシは、クラス替え直後にたまたま席が前後になった矢澤とつるむようになる。背が高くルックスも悪くない矢澤は、これまで誰かと親しくしている様子はなく、いつも一人でいたのだが、なぜかヒロシには話しかけてくる。ヒロシが以前から気になっていた野末義美と野末と仲が良くいつも一緒にいる大土居紗和が同じクラスになり、さらに、ヒロシが絵を描くことに対する意欲を失うきっかけとなった増田誓子も同じクラスになる。また、ヒロシとは違う中学だが、小学生の時に同じ塾だったフジワラとフルノが『ウエストウイング』に続いて登場する。

『ウエストウイング』でもそうだったが、目立たないようにしているはずのヒロシが、なぜか事件に巻き込まれてしまう。ヒーローのように敵をバッタバッタと倒すというわけにはいかないけれど、中三でまだ子供で背も低くてケンカも強くないヒロシが、逃げ出すことだって出来るのにどうにかして友人を助けようとする、その姿がカッコいい。小学五年生のヒロシを知っている身としては、いい男になったなとしみじみ思う。

津村さんの小説を読んでいて不思議なのは、特別美味しそうに描かれているわけではない食べ物をなぜか思わず食べたくなってしまうこと。

ピザ食べ放題九八〇円の店に入ったヒロシとフジワラ。

「山田、このピザ食うてええで」
「今はいらん」
「正直、食いすぎた」
「うん」
「よう考えたら、そんな走ってってかき集めるようなええもんばっかりでもないよな」フジワラは、皿に付着したたらこスパゲティののりをフォークの先ではがしながら、ぶつぶつと後悔混じりに言う。「でも、好きなもんばっかりなんよな……」
「元は取ったよ、たぶん」
 ヒロシは、冷めてしまった平たいフライドポテトを四等分して、無理やり一切れを口に運ぶ。もうほとんど味がしない。どうして満腹になると味覚まで無くなってしまうのか不思議に思う。

満腹になったフジワラは、“皿を脇にどけて、ふぇー、とテーブルに両腕をついて声を上げる”のだが、カウンターに新しいピザが置かれると性懲りもなく取りに行く。

 満面の笑みを浮かべて、フジワラが帰ってくる。甘いのが出てた! ピザにカスタードとパイナップルがのってる! などと喜んでいる。ヒロシも、それはいいと思ったので思わず笑う。

うまー、というフジワラの声が聞こえる。ヒロシも、甘いピザを一口齧ると再び食欲が湧いてきて、またフジワラとヒロシは食べ物の話しかしなくなった。

自分もこのピザ食べ放題の店に行って、満腹になって、もういらないと思いながら冷めてしまった平たいフライドポテトを食べたり、カスタードとパイナップルがのってるピザを食べたりしてみたいと思うから不思議だ。

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