吉本ばななの『キッチン』久しぶりに再読したらカツ丼のシーン以外もよかった

最近は大岡昇平の『成城だより Ⅱ』(中公文庫)をちびちび読んでいる。1巻の時と同じように武田泰淳さんや百合子さんの名前が出てきたら付箋を貼ろうと思いながら読んでいるのだが、今のところ出てきていない。

 

何か小説も読みたいと思い本棚の前で文庫の背表紙を眺める。堀江敏幸にしようか、長嶋有にしようか、それとも津村記久子にしようかと迷って、手に取ったのは吉本ばななの『キッチン』(新潮文庫)。再読。何度も読み返したというわけではないけど、これで4回目くらいになるだろうか。

なぜ『キッチン』を選んだのか。読み進めて、「満月———キッチン2」のあのカツ丼のシーンまできて、「あっ」と思った。前日に観たドラマ『孤独のグルメ』で五郎さんがそれは美味しそうにカツ丼をわしわし食べていたのが頭の片隅に何となく残っていたのかもしれない。きっとそうだ。

 

やがてカツ丼がきた。
私は気をとり直して箸を割った。腹がへっては……、と思うことにしたのだ。外観も異様においしそうだったが、食べてみると、これはすごい。すごいおいしさだった。
「おじさん、これおいしいですね!」
思わず大声で私が言うと、
「そうだろ。」
とおじさんは得意そうに笑った。
いかに飢えていたとはいえ、私はプロだ。このカツ丼はほとんどめぐりあい、と言ってもいいような腕前だと思った。カツの肉の質といい、だしの味といい、玉子と玉ねぎの煮え具合といい、かために炊いたごはんの米といい、非の打ちどころがない。

 

これでますますカツ丼を食べたくなってしまって、冷凍食品のカツ煮を買って超手抜きカツ丼を作って食べた。

この後、主人公のみかげが持ち帰り用に作ってもらったカツ丼を雄一に届けに行く。そのシーンがあまりにも印象的で(それは、みかげがありえない方法でカツ丼を届けるからなのだが)、他のシーンはほとんど覚えていなかった。しかし、久しぶりに再読して、カツ丼の他にも良いシーンやセリフがあちこちにあることに改めて気付いた。やはり再読してみるものだ。

 

私は今、彼に触れた、と思った。一ヵ月近く同じ所に住んでいて、初めて彼に触れた。ことによると、いつか好きになってしまうかもしれない。と私は思った。恋をすると、いつもダッシュで駆け抜けてゆくのが私のやり方だったが、曇った空からかいま見える星のように、今みたいな会話の度に、少しずつ好きになるかもしれない。

 

いいなあ。
私は思った。おばあさんの言葉があまりにやさしげで、笑ったその子があんまり急にかわいく見えて、私はうらやましかった。私には二度とない……。
私は二度とという言葉の持つ語感のおセンチさやこれからのことを限定する感じがあんまり好きじゃない。でも、その時思いついた「二度と」のものすごい重さや暗さは忘れがたい迫力があった。

 

ちなみに『キッチン』に収録されている『ムーンライト・シャドウ』には主人公に「異様においしい。」と言わしめるかきあげ丼が出てくる。

ところで、吉本ばななさんは「よしもとばなな」に改名したと思っていたのだけど、いつの間にか再改名して吉本ばななに戻っていたようだ。

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