石井桃子の自伝的長編小説『幻の朱い実』は熱いシスターフッド小説でした

久しぶりのブログ更新。なんと昨年9月以来である。その間にも読書はしていたのだけれど、たまにツイッターでぼそぼそとつぶやくだけでブログから遠のいていた。そして、年が明け、気付けばもう2月なのだが、まずは2021年に読んだ“あの小説”について書こうと思う。

 

“あの小説”というのは、石井桃子の『幻の朱い実』上・下(岩波現代文庫)のこと。

私は石井桃子さんの愛読者というわけではない。ではなぜ分厚い文庫本で上下巻の自伝的長編小説を読もうと思ったのか。実は、『幻の朱い実』についてシスターフッド小説あるいは百合であるという感想をいくつか目にしたのがきっかけだった。しかし、気軽に手を出すのがためらわれる大作かつ文庫本の上下巻2冊でほぼ三千円というのもあって、ずっと気にはなっていたものの意を決して購入するまでに随分時間がかかった。

いざ読み始めたら、これが面白い。久々に寝食を忘れるほどの読書時間となった。

主人公・村井明子はスケッチ遠足の帰り道、何百という赤や黄の烏瓜の実に引き寄せられるように細道に入り、偶然目に入った門柱に「大津蕗子」とあるのに気付く。それは、明子の女子大学時代に美人として知れわたっていた上級生の名前であった。在学中は遠い存在であった蕗子と再会し、言葉を交わす明子。

 

「あなた、お切りになったのね。それで、さっき、あたし、ちょっとお見それしちゃったんですよ。でも、長いときもよかったけど、短いのも、とても素敵。さわらしていただいていい?」
明子が思わず肩をすくめるようにしている間に、蕗子はその長い指を明子の頸のつけ根から入れ、おかっぱ風に切ってある髪を鳴らすようにした。
「やっぱり、さらっとして張りがあるのね。あたし、いつかこの髪にさわってみたいなあと思っていたんだ。きみわるがらないで。」と、蕗子は笑い声をたてた。「ほら、朝の合同体操のときね、あたし、いつも見学組だったでしょう?だから、見学してるとき、後ろからあなたが見える位置に腰かけて、あの髪、いつほどけるか、いつほどけるかってたのしみに待ってたのよ。」

 

時代は二・二六事件前後。言葉遣いのせいもあるが序盤の明子と蕗子の会話から何やらエス小説っぽい雰囲気を感じて、おおっとなった。明子は石井桃子さん、そして蕗子のモデルとなっているのは石井さんの親友・小里文子さんであるということだ。

明子と蕗子は頻繁に手紙のやり取りをしており、まるで書簡体小説のように作中に手紙の文面が度々挿入されている。書簡体の百合小説といえば、三浦しをんの『ののはな通信』は期待しすぎたせいか私には響かなかったのだけど、『幻の朱い実』で交わされる手紙には自伝的ということもあるからか現実味があってぐっとくるものがあった。ただ、蕗子からの手紙には買ってきて欲しい物のおねだり的な内容が多々あって、状況が状況ではあるものの私が明子だったら、やれやれまたかと思ってしまいそうなものもあったけど。

読み進めるにつれ、明子と蕗子のあまりにも強い絆に、今までそう謳われる小説を読んでもピンとこなかったのだけど、これがシスターフッドというものかと思った。

 

この世の中にぽつんと生れてきた人間が、もう一人の人間に持てる恐らく一ばんいいもの、利害に関係のない愛情。明子は、蕗子と別れるときが来たら、そして、何者かが、ただひと言、あの世へみやげに持たしてやるといったら、「愛している」という、日本語としてはなじめない言葉をいうしかないと思っていた。

 

明子の蕗子に対する想いを表した文で、私がはっとしたのはこの一文だった。

私が2021年に読んだ本ベスト1は『幻の朱い実』でした。

買った本

昨年購入した本を今さら紹介。

石井桃子の『幻の朱い実』を読んで、石井桃子その人に興味を抱いたので尾崎真理子『ひみつの王国 評伝 石井桃子』(新潮文庫)を購入。どうやら絶版のようで、Kindle版を買おうかと思ったけれど紙の本で読みたい感じがしたので古本を見つけて買いました。

 

津村記久子『ディス・イズ・ザ・デイ』(朝日文庫)と吉田篤弘『ソラシド』(中公文庫)は文庫が発売されてすぐに購入。

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