荒川洋治『忘れられる過去』読書は本を読む前からはじまる

映画『燃えよ剣』がAmazonプライムビデオで配信されたので、早速観ようと思ったら、そのアマプラに今朝から不具合が起きていたらしく「今すぐ観る」という再生ボタンが見当たらない。仕方ないからNetflixで他の映画でも観ようかと思ったけれど、諦めきれずにもう一度確認すると、今度は再生ボタンが表示されており、無事『燃えよ剣』を観ることが出来た。

司馬遼太郎の原作小説は読んでいたし、同じく司馬の短編集『新選組血風録』も読んだ。『燃えよ剣』の映画は、約二時間半あった。しかし、文庫で上下巻の原作の魅力を二時間半に凝縮するのは、やはり難しい。ただ、原作とは別物と思えばなかなかに面白い映画だと思った。土方歳三を演じた主演の岡田准一さん、近藤勇役の鈴木亮平さんもよかったけれど、私のイメージにぴったりだったのは沖田総司役の山田涼介さんだった。強く、美しく、どこか飄々としていて、でも儚げな沖田総司に山田さんはハマっていたと思う。私は斎藤一も好きなのだけど、松下洸平さんの斎藤一もかっこよかった。出番がそれほどないのが残念だった。

 

荒川洋治『忘れられる過去』(朝日文庫)を読んだ。

読書にまつわるエッセイが多く収録されているということで以前から気になっていたのだけれど、ちょうど読んでいた長嶋有『本当のことしかいってない』(幻戯書房)に2003年に出会ったすぐれたエッセイ三冊のうちの一冊として『忘れられる過去』が挙げてあったのと、吉野朔実『吉野朔実は本が大好き 吉野朔実劇場 ALL IN ONE』(本の雑誌社)にも『忘れられる過去』が良かったとあったので、これはもう読まねば、となった。

ところが、『忘れられる過去』は、単行本も文庫本も絶版。しかも電子書籍化されていない。講談社エッセイ賞受賞作品だというのに残念なことだ。結局、古本を購入した。

 

「文学は実学である」というエッセイにこうある。

 

文学は、経済学、法律学、医学、工学などと同じように「実学」なのである。社会生活に実際に役立つものなのである。そう考えるべきだ。特に社会問題が、もっぱら人間の精神に起因する現在、文学はもっと「実」の面を強調しなければならない。

 

続けて、具体的な作品名が挙げられる。

 

漱石、鴎外ではありふれているというなら、田山花袋「田舎教師」、徳田秋声「和解」、室生犀星「蜜のあはれ」、阿部知二「冬の宿」、梅崎春生「桜島」、伊藤整「氾濫」、高見順「いやな感じ」、三島由紀夫「橋づくし」、色川武大「百」、詩なら石原吉郎……と、なんでもいいが、こうした作品を知ることと、知らないことでは人生がまるきりちがったものになる。

 

これを読んだ時点で私はここに作品名を挙げられているものをひとつも読んでいなかった。「こうした作品を知ることと、知らないことでは人生がまるきりちがったものになる」とまで言われると気になるので、この中で読んでみたいと思っていた梅崎春生「桜島」の青空文庫Kindle版をダウンロードして読んだ。読む前と読んだ後で、私の中の何かが変わったかどうかはまだわからない。

 

「どれにしよう」というエッセイには、著者が長編小説を読む前に、作家のどの作品を読むか事前調査をするとある。武田泰淳の「森と湖のまつり」「快楽」「富士」のどれを読むか。あるいはシャーロット・ブロンテはどうか。あれこれ考えた挙句、あれもこれも遠慮したほうがいいかなとなってしまう。

 

あらー、読むものがなくなってしまった。こまった。でも、これも読書のうち。読書は本を読む前からはじまるのだ。旅行の楽しさが、準備をするときに、はじまるように。

 

「読書は本を読む前からはじまる」という言葉に、うんうんと頷いた。読書にまつわるエッセイを読むのは楽しい。

「クリームドーナツ」という短いエッセイもいい。普段はあまり食べないのにクリームドーナツを食べたくなってしまった。

 

最後に「文庫版のあとがき」から。

 

この本は、ぼくの本としては異例の回数で版を重ねたので、個人的に忘れがたい一冊である。文庫になることで新たな読者と出会えるかもしれない。楽しみだ。

 

私は文庫派で、基本的に本は文庫化を待ってから購入し、読む。著者にとって文庫化は、自分の作品が新たな読者と出会うことのできる機会であり、楽しみなことなのだ。しかし、もしかしたら、これからは文庫ではなく電子書籍になることが新たな読者と出会う機会になるのかもしれない。残念だけれど、それぐらい紙の本が絶版になってしまうまでの時間が短くなってきている気がする。

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