ツイッターのトレンドに「エアコンなし」が入っていて、どういうこと?と思ったら、どうやら「エアコンなしで過ごせた」というようなツイートが多かったらしい。うらやましい。我が家は、まだまだエアコンなしでは眠れそうにない。
松本清張『或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)』(新潮文庫)を読んだ。
乗代雄介の『本物の読書家』に、『或る「小倉日記」伝』のことが出てきて、ちょっと気になっていたのだ。その『或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)』Kindle版が、「新潮文庫 夏の読み放題祭り」(2022年8月31日まで)のKindle Unlimited対象作品になっていたので、読んでみることにした。
松本清張ドラマはいろいろ観たけど、小説を読んだことはなかった。私は、いわゆるイヤミスというジャンルが苦手で避けている。私が観た松本清張ドラマのほとんどが、後味の悪い終わり方をしていたので、わざわざ小説で読まなくてもいいや、と思っていた。ちなみに、ぞわりとして、その嫌な感じがずっと記憶に残っているのが、いかりや長介と黒木瞳が出演していたドラマ「黒い画集 坂道の家」。
Kindle Unlimitedだし、とりあえず芥川賞受賞作で表題作の『或る「小倉日記」伝』だけ読もうかなと思っていたのだけど、その『或る「小倉日記」伝』が、面白いというか、ぐいぐい読ませるものだから、次の「菊枕」、その次の「火の記憶」、「断碑」、「笛壺」、「赤いくじ」とどんどん読み進めて、結局、全ての収録作を読んだ。
しかし、思った通り、読後感は決して良いとはいえない。その中でも『或る「小倉日記」伝』が一番良い、というか、しんみりと切ない気持ちで読み終えることができた。『或る「小倉日記」伝』は、主人公・田上耕作が、散逸した森鴎外の「小倉日記」の空白を埋めるべく、小倉時代の鴎外を調査することに全身で打ち込むという話。身体の不自由な耕作は、母親と二人暮らし。耕作の母は、息子を不憫に思い、その生活のみならず、鴎外の研究にも自ら進んで協力をする。まさに二人三脚の母子。
私が、『或る「小倉日記」伝』に他の収録作とは違う読後感を得たのは、耕作には、愛情を注いでくれる母親、さらに江南という中学時代からの友人の存在があったことではないかと思う。
他の収録作はというと、とある学問あるいは研究に打ち込むあまり家族を顧みなかったり、自分には妻子がありながら嫉妬のあまり愛人に暴力を振るったりと、なかなかにひどい。以前の私なら、そういう小説も読んだけれど、年齢を重ねて、そういう気力がなくなったのか、最近は穏やかな小説をますます好むようになった。そんな私に、松本清張は、ぐいぐい読ませるのだ。
『或る「小倉日記」伝 傑作短編集(一)』のどの収録作かは伏せて、作品終盤のぞっとした文章を引用する。
ついに恐れたとおりになった。生活が逃げた。
一滴の血も流さず、これだけぞわりとさせるのは、すごい。これが、松本清張か、と思った。
穂村弘の『きっとあの人は眠っているんだよ』に、こんなエピソードがある。
風邪で寝込んでしまった。「買い物に行くけど、何か欲しいものある?」と訊かれて、熱っぽい頭で考えてみる。
「ポカリスエットの水色のやつと、『アイスの実』のぶどう味と、あと、松本清張の本、買ってきて」
「松本清張の、何がいいの?」
「何でもいい。たくさん買ってきて」
というわけで、『高台の家』『十万分の一の偶然』『天才画の女』『渡された場面』『潜在光景』『黒革の手帖』他を買ってきてもらった。
このエピソードが好きなのだけど、これを読んだ時、私は、まだ松本清張を読んだことがなかった。
それで、穂村さんの友人は、「松本清張、風邪に悪そうだけど」と言うのだけど、私も同意見だ。風邪にも悪そうだし、夜、特に寝る前に読んだら悪夢を見そう。実際、私は寝る前に読むのはやめておいた。
松本清張の凄さを知ったところで、新潮文庫ではなく、角川文庫でKindle Unlimitedの対象になっている松本清張の『死の発送』を読むことにした。
実は、この小説、松本清張作品の中でも気になっていたものなのだ。なぜなら、内容紹介に「競馬界を舞台に描く、巨匠の本格長編推理小説」とあるから。
『馬を売る女』も、やはりずっと前から気になっているけど、気になったままで読んではいない。