『タンノイのエジンバラ』の「夜のあぐら」

マスクをしてスーパーに買い物に行く。すれ違う車の中の人のマスク率が高い。引き寄せられるように菓子パンコーナーへ。フランソワのメロンパンを手に取るが、いや待てメロンパンはカロリーがなあと思い直して牛乳パン的なものの中では一番好きなリョーユーパンの牛乳サンドを手に取り、ふとカロリーを確認したらフランソワのメロンパンよりも高かった。今まで気にしなかったというか、あえて見ないふりをしていたのだけれど、牛乳サンドのカロリーって…。今回のところはメロンパンにしておいた。フランソワのメロンパンは安うまなのだ。

 

前にも引用したけれど、堀江敏幸の『河岸忘日抄』にこうある。

晴耕雨読から前二文字をとりのぞいた船上生活における最大の営為は、読書である。この船に積まれた本を読み通し、心に沁みたものだけを再読していけば、あと数年は楽しめるだろう。

雨読
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新しく買った本を読むのも楽しいけれど、心に沁みた本を再読する時間も欲しい。

ということで、長嶋有の『タンノイのエジンバラ』(文春文庫)を久しぶりに読み返した。

心に沁みたはずなのだけど、久しぶりすぎて内容をほとんど忘れていた。だが、やはり良かった。『タンノイのエジンバラ』には表題作の他に「夜のあぐら」、「バルセロナの印象」、「三十歳」が収録されているのだけれど、今回何度目かの再読で心に沁みたのは「夜のあぐら」だった。前は違ったような気がするのだけど、よく覚えていない。

その「夜のあぐら」は、主人公が姉と二人でどこかの家に忍び込もうとしている場面から始まる。おや?『タンノイのエジンバラ』にこんなスリリングな小説があったかな?と思う。本当にさっぱり忘れてしまっているのだから困る。二人が忍び込もうとしているのは、かつて住んでいた自分たちの家だということがすぐにわかる。だが、主人公の「私」の性別はわからない。しかし、姉のセリフによってまもなくそれも明らかになる。

 

ゆるやかにカーブする階段の途中で姉は振り向いて「私たちキャッツアイみたいだね」それだけいうと再びのぼりはじめた。

 

長嶋さんがインタビューで「僕の小説には固有名詞がよく出てくると指摘されますが、実際の日常生活が固有名詞だらけだから自然とそうなっているだけ」と話しているのを読んだことがあるが、確かにその通りで、漫画、アニメ、ドラマ、芸能人、商品名と、とにかく固有名詞がよく出てくるのだが、それも長嶋作品を読む時の楽しみだったりする。それに出てくる固有名詞が高尚でないというか庶民的で安心するところもなんかいい。

こんなに面白かったっけと驚きながら「夜のあぐら」を読んだ。表題作も他の収録作もやはり面白くて、本棚に並んでいる長嶋作品(全て文庫)を片っ端から再読したい気分になったが、これも再読だが読みかけの武田百合子の『犬が星見た』に戻った。

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